2009年 08月 12日
計算構造(複式簿記)と利益計算、あと会計目的 |
そろそろ夏らしくなって欲しいですね。コラムです。取り留めのない内容になりますが、素朴な疑問というか、考えを記してみます。複式簿記というのは、東西を問わず使用されている人類が生んだ素晴らしい発明(技術)であることは、疑いのないことだと思いますが、その仕組みは、ストックの比較計算とフローの比較計算という2つの利益計算が有機的な繋がりをもって構築されているものです。つまり、ある一つの経済事象を収益と費用のフローの差額と試算と負債のストックの差額という異なる視点で捉えているという、何とも美しい構造によって成り立っています。世間では、資産負債アプローチや収益費用アプローチといった2つの利益観の対比なり、お互いの立場からの批判が繰り広げられていますが、計算構造から見れば、その2つの観点は表裏一体であることがわかります(当然ですが)。つまり、計算構造上は、両者は対応する関係であり、その構造から残高差額なり発生差額を求めているに過ぎません。簿記の初歩において、財産法と損益法の両方から期首B/S、期末B/S、P/Lと損益を穴埋めで求める問題がありますが、そこに計算構造の原理が凝縮されています。また、会計というのは、継続企業(会計期間)の公準によって人為的に会計期間を区切るわけですが、全体で見れば、どのような観点(時価評価だろうと原価評価だろうと)から期間利益が算出されようとも全体損益は同じになります。つまり、時価会計の損益累計と実現利益の全体損益は一致するわけです。何が言いたいのかというと、どんな利益計算方法も計算構造的には、構成上も金額上も原点は一緒、ということです。つまりは、どう見せるかであり、全体の利益をどう配分するかの問題ということになるのだと思います。で、よく議論されるのが会計目的です。つまり、会計目的から会計のあるべき姿を模索しようという議論です。近年は、投資意思決定有用性が会計の目的とされ、情報提供機能が重視されています。個人的に受託責任の遂行が会計の根本的な目的だと思っているので、意思決定有用性というものに、今でも胡散臭さを感じてしまいます。株式会社というのは、やはり株主と企業の委託受託関係で成り立っているものなので、この前提を無視した考え方にはどうにも違和感が拭えません。資本主理論から企業体理論へと言われても、土台となる委託受託関係に変わりはないですし。その土台あっての証券市場なので、受託責任を軽視した意思決定有用性なんて土台を失っていると思うわけです。
by yangyi0312
| 2009-08-12 03:05
| 会計一般