2010年 02月 27日
何もビジョンはないですけれど、2月も終わりなので、このタイトルで何か書いてみます。コラムです。法律と会計というのは、言うまでもなく密接な関わりがあるわけですが(会計制度は、会社法であったり、金融商品取引法であったり、法人税法、その他法律によって成り立っているので)、法学と会計学というと、距離感があるように感じます。制度上は密接な関係がありながら、学問領域として接点が希薄であることは、法学における民法と商法、税法とか、会計における財務会計と管理会計、税務会計といったように、各領域内においても同様に言えそうです。特に人文社会科学系においては、分野が独立している感が強いです(お互い不可侵が暗黙の了解?)。理系であれば、他分野とのコラボが新たな発見や発明になることも少なくなさそうですが。法学は、正しい法の制定や法の解釈を追及するものであり、会計学は、会計を正しく行うための論理を導くことがその存在意義でしょう。社会制度上、密接な関係にあるわけですから、きちんとした議論をするには、いずれの知識も網羅しつつ、合理的(論理的)な結論を導き出す必要があります。ただ、それだけの知識量を持ち合わせている専門家がどれだけいるかは?なところですが、理想はそうなると思います。債権法の改正に以前から興味があるのですが、会計行為となる法律行為で、法律上の規定が会計処理上ネックになるとすれば、どんな取引があるのかな?と考えてみてもイマイチ何も思い浮かばないのが現状です(ただの知識不足か)。でも、簿記上の取引は、必ずしも法律上の行為または事実上の行為と一致するものでもなく、一般の日常用語として使用される取引とも異なる場合もあるわけで、そういう意味ではあまり直接的な関連がないような気もします。なにせ、契約書を取り交わしても、簿記上は何もなかったのと一緒ですからね。ただ、法人税法上の取引は、簿記上の取引を前提としているので、会計とは密接です(ってか、会計制度の一部なので当然ですが)。しかし、簿記上の取引でも何でもないことに対しての課税も現実にはあったりするわけで、何とも言えません。現に、オウブンシャ・ホールディング事件では、会社機関としての株主総会における株主の意思表明を税法上の取引と認識して、その意思表明をもって課税しちゃったりしています(その是非については諸説ありますが)。それにしても、実務、特に会社組織から、財務会計、税金、内部統制、管理会計などすべてに渡る情報を網羅的に論理的に組み立てなければならないSEさんは、ホント大変ですよね。制度はころころ変わりますし…。一度でも、そういうプロジェクトに参画しておけば、一回り大きくなれたのになって思います。また、何の意味もない文章を書いてしまった…。さすがにこういう誤魔化し内容はやめんとな…。














一度書くと、勢いがつきます。コラムです。今回は、会計基準のコード化について。アメリカでは、数が増えすぎてカオス化している会計基準をコード化して一つに体系化しています。イメージとしては、法律のように条文化したと言ったところでしょうか(○○法第○条第○項みたいな)。コード化というと、身近なところでいえば、バーコードや学籍番号、郵便番号、電話番号などがありますが、事務処理やコンピュータ処理の際に情報を扱いやすくするためのものです。SEやっている頃には、データベースを作成するときに、どれだけ良質なコード体系を組むかが問われたものです。シンプルかつ重複なく、見ただけでわかるもの。コード化は、情報処理のスピードを飛躍的に上げる効果があります。さて、話を会計基準に戻しまして、会計基準のコード化は、2009年7月1日から正式に運用が開始されています。その名もFASB Accounting Standards Codification、FASB-ASCと略すそうです。無数の会計基準設定主体から公表されていた何千もの米国会計基準をおよそ90のトピックに整理しています。もととなっているのは、2009月6月29日公表のSFAS168号「FASBによる会計基準のコード化と一般に認められた会計原則のヒエラルキー―SFAS162号の差し替え」。これまでの会計基準はすべて廃止され、GAAPのヒエラルキーもA,B,C,D,Eの5段階あったものが、権威があるかないかの2段階とシンプルなものになりました(依然として概念フレームワークは権威がない扱い)。ある事項の会計基準といっても、基準があまりに分散しすぎて、見落としがちだし、見落としているのではないかと不安だし、といった今までの問題は、回避できたように見えます。IFRSや日本基準との比較もやりやすくなったのではないでしょうか。コード化のメリットは、なんといっても調べやすさです。準拠する会計基準も明確ですし、リアルタイムで更新されるので、アクセスすれば間違いないと言えます。ただ、書籍化されたものを使用するには限界がありそうです(ペーパーの方が何かと使い勝手がいいものですが)。私自身のおさらいとして、構成について解説を。コード化は、XXX-YY-ZZ-PP 、(トピック)-(サブトピック)-(セクション)-(パラグラフ)という形式で行われているそうです。トピックは、表示部分とか、勘定科目(構成要素)とか、取引別(事業結合、デリバティブなど)とか、産業別((航空、不動産、ソフトウェアなど))とか大きな括りで、サブトピックがその下、つまりトピックの部分集合(「リース」のサブトピック→「オペレーティング・リース」「キャピタル・リース」みたいな)、その次にサブトピックの内容の性質(「認識」「当初測定」「開示」など)であるセクション、そしてサブセクション、パラグラフ、サブパラグラフと続くそうです。ちなみに、SECの指針は、セクション番号の先頭にSがつくとか。今後新しい基準は、基準本文とFASB-ASC更新指示書「第YYYY-XX号」(公表年-通し番号)というものがセットで公表されると。体系化されたことで、かなり見易くなったと思われますが、このコード化、波になるのやら。
最後のコラムから2カ月。すっかりご無沙汰してしまいました。コラムです。1/5日経一面では、公開会社法を2011年立法化に向けて法制審議会に諮問する方針という記事がありました。現在の会社法は、商法の会社編が分離独立して平成18年から施行されていますが、公開会社法とは一体なんぞや?ということで、ひとつ書いてみることにしました。立法の狙いとしては、有限会社法のような内容(株主=所有者、経営者=代理人)、市場を意識しない内容となっている会社法を、市場に近づけよう、金商法のルールも会社法のルールとして認知しよう、会社法と証券規制との間に接点を作ろう、というものらしいです。昨今の村上ファンド的な発想では、“会社は株主のもの”、“株主利益最優先”なんて言いますが、会社は定款に書いてある目的実現のための組織であり、資本はその目的を助け、貢献するものであり、資本のために経営するわけではないというのが正しい考え方でしょう。稼いだ利益を雇用にまわすか、設備投資にまわすか、配当にまわすかは、経営判断事項であり、利益は株主のものであるとして、経営者を縛るようでは、一体何を信任しているのかという話です。投資した時点で、そのカネは会社のものであり、気に食わなければ、売ればいいのです。有限責任のくせに、無限責任のような態度は横柄でしょう。責任と所有の関係が歪んでいるのは、親子会社でも一緒です。実際は集団で行動し、責任とガバナンスは別(100%親子でも会社としては対等)。支配するけど責任はないでは、やはり無責任です。このような市場で投資家を相手にしている会社、企業集団を形成している会社を有限会社のように扱い、運用がおかしくなっている部分を改善しようというのが公開会社法ということです。中身はよく知りませんが、民主党案やら取締役会協会で作成された公開会社法要綱案などがあるそうです。ポイントとしては、情報開示の徹底、企業統治の強化、企業集団に関する責任や権限の明確化の3つがよく示されています。あと、監査役会への従業員代表の参加も取り立たされているようですが、海外もそうだからという議員の浅知恵といった要素が大きそうです。社会構造や企業環境、文化を無視した真似事は、混乱の温床になるので、注意してほしいものです。欧米は、個人が社会の基礎にあることが大前提という認識があるからこそ、社会の主人公である個人が株を買うと、株主としても大事にされ、個人が尊重されるからこそ労働者が大事に扱われるという流れであるのに対し、日本では株を買えば主人公になれる、労働者を参加させればよくなるという、何か安易な発想が垣間見えるような気がします。まあ、欧米でも昨今の市場原理主義的な様相のなかでは、市場だけが肥大化してデモクラシーとのバランスを失っていたと言えますが。公開会社法について書こうと思いましたが、ちょっとした“会社は株主のもの”批判になってしましました。切りがいいので、今回はこの辺で。
寒い日が多いですね。コラムです。最近、書店のビジネス雑誌コーナーには、IFRSモノが並んでいます。我が家に隔週で送られてくる日経コンピュータを見ていると、こちらでもIFRSという単語は毎号目にします。業界を離れると、得てして読むのが気晴らしになったりします。最近は、クラウドネタが多いのですが、11/11号でアジャイルの話が面白かったので、それをもとにちょっと駄文を起こしてみます。さて、最近、アジャイル開発が熱いらしいです。富士通の統計では、技術者の満足度が全国平均を上回るとか。キーワードは、「繰り返し開発」と「振り返り」。基本は、ウォーターフォール開発で、そのなかでアジャイル開発手法である「Scram(スクラム)」を使用するのがベターだという紹介がありました。「繰り返しと振り返りは大規模開発でもそのまま適用できる」ということで、要は、アジャイル開発とウォーターフォール開発の使い分けや融合を目指すという形。アジャイル開発の場合、短期間の繰り返し開発と振り返りが行われるため、仕様変更を受け入れられる(発生するタイミングも早い)手法だということです。ただ、アジャイル開発は、その性質上、請負契約が馴染まないという点が結構採用のネックになっているようです。どちらかというと準委任で要件定義やコンサルと同様の契約が向いていると書かれています。おそらく、一緒に考えながら作る作業というのが、請負ではベンダーにリスクがあるということからなのでしょう。ただ、ソフトウェア開発の場合、準委任契約にするとトラブルの温床になりやすいと言えます。準委任の場合、請負のように成果物の納品が要件とならずに、作業期間や工数の満了をもって契約の履行となるため、善管注意義務に違反しない限り、成果を問われないことになります。ユーザーとしては請負が望ましいけど、ベンダーは準委任が望ましいとなる構造をもう少し業界でまとめる必要がありそうです。さて、この契約形態の違いを会計の観点から捉えなおすと、要は財とサービスの違いに行きつきそうです。請負は、成果物の納品を持って契約完了ですから、まさに財の提供、つまり財の移転をもって収益を認識するでしょうし、準委任の場合、一定の期間、作業に従事することをもって契約完了ですから、サービスの提供の終了をもって収益を認識することになります。ただ、サービスの提供(準委任)の場合は、もう少し現実は複雑な気がします。準委任契約として行われるものとして、IT業界であれば、コンサルや保守サービス、他業種だと医療行為や不動産仲介、介護等のサービスが該当します。さて、この場合、すべて提供終了時というのがいいのか悪いのか、かなりケースバイケースです。発生主義に基づけば、サービスを行っているときに継続的に移転しているようにも考えられますし、もう少し掘り下げて考えてみたいものです。あと、契約形態と言えば、民法上は贈与・売買・交換・消費貸借・使用貸借・賃貸借・雇用・請負・委任・寄託・組合・終身定期金・和解の13の契約形態が規定されているわけで、ここら辺も少し債権法の改正とあわせて吟味したいと思う今日この頃。とりとめもなく、ダラダラと書いてしまいましたがここで終了。
最近、忙しいこともあって、知識が偏りがち。コラムです。他分野は当然のこと、会計分野でもちょっと狭くなりがちです。それこそ、学生の頃は、いろいろな授業や集まりで少しは情報を吸収する機会もありましたが、最近は財務会計一つ、ろくに把握できていないような状況です。こないだ学内の研究会でまったく違う分野の報告を聞く機会があって、とても新鮮でした。普段もシンポジウムや講演会なんかに行けるといいんですけど…。アイデアってのは、とにかくインプットなしには浮かんでこないもので、幅広くインプットして、あとはその組み合わせです。いいアイデアには、とにかくいろんな刺激、インプットを自分のなかで消化して、考え抜くことです。知識と刺激をもらうための研究会も多忙とガッツ不足で休みがち。頑張れ自分。さて、前置きが長くなりましたが、最近、収益認識、特に「顧客との契約における収益認識」を中心に研究をしているので、債権法の抜本改正が気になります。現在の契約に関する規定は、1896年制定以来だそうです。ということは、民法制定時に存在しなかった事業・サービスについて規定するとことが改正の柱となるようです。つまり、現代社会の契約の実態を反映するために、商法や消費者契約法が規定する契約ルールを債権法に盛り込んだり、省略していた契約の基本原則を明文化したりするそうです。契約を法律から見ることによって、法的実体や税務会計、国際化が進む財務会計分野においては、日本における契約のあり方を基礎とした理論展開もできるのかもと勝手に妄想が膨らみます。あと、民法なんて、学部のときの授業で勉強しただけなので、基本的な単語や考え方くらいしかわからないので、もうちょっと深く見てみたいなぁと。 特に、情報サービス産業においては、ソフトウェア開発やコンサルティングサービスなど、そのサービス内容、契約形態は様々です。まあ、委任、準委任、請負のいずれかと言ってしまえば、それまでですが。今回の改正の焦点でもあるリース契約も会計上、とても重要な論点ですし、少し詳しく見ていくと何かないかなぁと全く根拠のない妄想がまた膨らんだり。法律上と会計上の判断が異なるのは、もちろんですが、では、どう違うのかということを詳細に突き詰めてみるのも面白いと思います。なぜ違うのかってのは、ザックリ言えば、会計は財政状態や経営成績を報告するのに、もっとも適切なところで認識・測定するものなので、法的実体を必ずしも忠実に反映しないということになりますが、もう一つ踏み込んで、近年の複雑化した契約形態のなかでどのように解釈され、そなぜ違うのかという部分まで突き詰めてみてもいいのかなって。と、妄想ばかりしててもしょうがない。すぐに手をつけることが肝要ですね。
多忙につき、長く更新していませんでした。コラムです。相変わらず、会計の世界は変化の荒波にあります。いよいよコンバージェンスまで、あと2年。プロジェクト計画表も項目が減ってきて、Finalが増えています。そして、IFRS受入れも時間の問題か。ここ4ヶ月くらいの日経記事を振り返って見てみると、コンバージェンス・アドプションに向けたトピックや日本企業のIFRS適用に向けた動き、監査の話が多いです。コラムを書くためにちょっと追ってみます。コンバージェンス・アドプションの話は、9月のプロジェクト計画表の公表から、今後、変更されるであろう基準について触れている内容。10月の始めには、「国際会計基準 日本への影響」という計5回の連載が組まれていました。内容は、包括利益、M&A、年金債務、金融商品、リース。通常記事でも、売上計上基準やポイント会計なんかが載っていました。最も多かったのは、7月に公開草案が出された「金融商品:保有区分及び測定」についてのような気がします。公開草案では、現在の3区分(売買目的、満期保有、その他)を2区分にして、差損益を純利益か包括利益に計上しろという内容。その他で区分されている持ち合い株について毎期損益計上すること、そして、その損益を包括利益として表示することとした場合、配当金も包括利益に計上される(純利益から外される)そうで、銀行をはじめ日本企業、金融庁はご立腹ということです(IASBに要望も出しています)。純利益として計上する選択肢を残したこと自体、日本のアドプションへの姿勢がうまく働いたとされているので、これ以上の食込んでいけるのかどうかは不透明。2区分で、公正価値、償却原価の評価2本化は、深く考えなければシンプルでいい方法とも言えます。国際会計の場合、企業文化や哲学の違いがやはり壁になりますね。日本のアドプションが現実味を帯びている昨今、大手企業でもIFRS適用の動きが報道されています。住商、日産は早ければ2011年3月期、JTも2012年3月期から、丸紅も2013年3月期からIFRSを適用するとかしないとか。米国市場で一悶着あって今は日本基準のNECも2013年3月期からの適用を方針として固めているそうです。これに合わせて、監査法人もIFRS要員を増やす動きで、来年にも今年の2.6倍の7,700人が導入支援、監査に携われるように研修をしている模様です。IFRS対応も大変ですが、監査業界は、ここのところの内部統制制度、四半期決算制度で報酬が前期比32%増だそうです。もともと米国基準採用の企業を除くと97%増というから、約2倍。1社当たり平均も3億円程度だとか。これでは、小さいところは上場をやめたくなるのもわかります。しかし、日本の監査報酬はまだまだ米国の3割程度。CPAは、仕事が増えても人手やおカネが足りない状態です。ただ、追って読んでみただけですが、いい感じの文字数になったので、今回はここまで。
政権交代が現実のものになりました。コラムです。かなり思いつきの駄文ですが、ぐだぐだ書き記しておきます。さて、経済が変化するなか、会計をどう捉えるか、また会計(理論)をどう構築するか、ということを学会では議論されているわけなんですが、実際の運用、つまり現場の感覚からすれば、その議論は実務からかけ離れた次元で論じられていると感じることだと思います。そして、研究者の議論は、財務会計、管理会計、監査、税務、それぞれがその専門家によるもので、会計全体としての議論が行われていないという感もあります。各会社では、すべてを含めて会計実務として日々業務を行っていることを考えると、やはりその乖離を感じます。学会での議論は非常に正確で緻密なのですが、実際の運用(実務の観点)からすれば物足りなく、実務への対応の話となると理論家からすれば、正確性に欠け、多少いびつでも運用できればよしとする感覚を受けます。どちらが正しくて、どちらが間違っているというものでもなく、両者を合わせた議論が求められます(言わずもがなですが)。私自身は会計理論の精緻化という課題に日々思いを巡らせているわけですが、様々な会計分野を総合的に論じることは今の能力では不可能です。可能なのは仙人レベルの学者先生くらいでしょう。かといって疎かにできないので、全体を詳細も含めて繋げて考えることはできないものかと考えていると、現実に運用されている会計システムが実際にそれを体現しているじゃないかと思いました。特にERPを使用している場合は、財務会計、管理会計というすべての会計情報(それ以外の情報も)がひとつのシステムとして実際に動いていると。ソフトウェアは、言うまでもなく機械であり、命令に従ってしか動作しないものです。つまり、すべてのパターンを論理的に構築していない限り、システムとして機能しないわけで、少なからず(絶対いびつな形をしてる気がしますが)会計情報をすべて論理的に繋ぎ合わせてシステムが構築されているはずです。そう考えると、ものすごくERPのデータ構造やシステム設計に興味が沸いてきます。SEの頃に、会計ソフトのデータベースの中身なんかも見る機会がありましたが、その頃は仕事で頭がいっぱいだったので冷静に構造を見ることなんてなかったんですが、今になって構造の観点から詳しく見てみたいなぁなんて思います。前々から元SEの小さな野望として、ボタンひとつで簿記の問題・解答を作成するソフトウェアを作ってしまいたいと思っているのですが、一つ一つの会計処理パターンを式に落とし込んで、自分で構築していくと、理論と処理の一貫性なんかをつぶさに検討できるかなぁなんて最近では思っています。でも、きちんと作るとなると設計も含め、かなり大変なことは想像に難くありません。そして、この休みも手をつけられずにこのまま終わっていきそうです…。
そろそろ夏らしくなって欲しいですね。コラムです。取り留めのない内容になりますが、素朴な疑問というか、考えを記してみます。複式簿記というのは、東西を問わず使用されている人類が生んだ素晴らしい発明(技術)であることは、疑いのないことだと思いますが、その仕組みは、ストックの比較計算とフローの比較計算という2つの利益計算が有機的な繋がりをもって構築されているものです。つまり、ある一つの経済事象を収益と費用のフローの差額と試算と負債のストックの差額という異なる視点で捉えているという、何とも美しい構造によって成り立っています。世間では、資産負債アプローチや収益費用アプローチといった2つの利益観の対比なり、お互いの立場からの批判が繰り広げられていますが、計算構造から見れば、その2つの観点は表裏一体であることがわかります(当然ですが)。つまり、計算構造上は、両者は対応する関係であり、その構造から残高差額なり発生差額を求めているに過ぎません。簿記の初歩において、財産法と損益法の両方から期首B/S、期末B/S、P/Lと損益を穴埋めで求める問題がありますが、そこに計算構造の原理が凝縮されています。また、会計というのは、継続企業(会計期間)の公準によって人為的に会計期間を区切るわけですが、全体で見れば、どのような観点(時価評価だろうと原価評価だろうと)から期間利益が算出されようとも全体損益は同じになります。つまり、時価会計の損益累計と実現利益の全体損益は一致するわけです。何が言いたいのかというと、どんな利益計算方法も計算構造的には、構成上も金額上も原点は一緒、ということです。つまりは、どう見せるかであり、全体の利益をどう配分するかの問題ということになるのだと思います。で、よく議論されるのが会計目的です。つまり、会計目的から会計のあるべき姿を模索しようという議論です。近年は、投資意思決定有用性が会計の目的とされ、情報提供機能が重視されています。個人的に受託責任の遂行が会計の根本的な目的だと思っているので、意思決定有用性というものに、今でも胡散臭さを感じてしまいます。株式会社というのは、やはり株主と企業の委託受託関係で成り立っているものなので、この前提を無視した考え方にはどうにも違和感が拭えません。資本主理論から企業体理論へと言われても、土台となる委託受託関係に変わりはないですし。その土台あっての証券市場なので、受託責任を軽視した意思決定有用性なんて土台を失っていると思うわけです。
日本は災害列島だと思わされる今日この頃。コラムです。現在の財務諸表はB/S、P/L、C/F計算書の3つ、IASBの財務諸表の表示に関する予備的見解によれば、財務諸表は財政状態計算書、包括利益計算書、キャッシュ・フロー計算書の3つとなります。C/F計算書が制度化されて久しいですが、この財務3表の関係は、どんどん緊密なものとなりつつあります。上記DPでは、区分も統一される方向で、お互いが相互補完することを目的としています。この構成をみているとルフチの資金動態論なり、ケーファーの資金計算書論なんかは古くて新しいのかな、なんて考えてしまいます。ある論文集では、複式三元簿記なんてものを目にしたこともあります。今のB/S重視の潮流は、ハットフィールドなんかの資本主理論を基礎としてB/S重点主義の論理をとりながら、評価にあっては実務を基礎とした原価主義の適用という論理一貫性には問題はあるかもしれませんが、それなりに合理化された理論体系も非常に参考になりそうです。古今東西、会計学説というのはごまんとあり、すべてを網羅するには余りあるほどの量ですが、温故知新、ひとつひとつを吟味してみる価値はありますね。昔の理論は、本当によく吟味されたものが多いと思います。会計をどう捉えるかという、個別資本説(資本循環説)、上部構造説や会計原則論、会計構造論、会計政策論等もありますが、単純にどれというものでもなく、それぞれ会計の一面を切り取った、どれも“あり”な考え方にみえます。厳密な解釈論争は、学者々々していて意味がどこまであるのか疑問なところもあります。ただ、個人的には、資本循環を無視した経済価値思考の会計計算はちょっと違うかなって思います。キャッシュ・フロー予測は、簿記の記録とは別次元のものなので、この導入によって計算構造が崩れ、会計の会計たる所以がなくなってしまうのではと危惧します。簿記については、中西寅雄が「簿記は企業の活動、換言すれば、個別資本(企業資本)の運動、即ちその増殖過程を記録計算し、計数的に把握する方法である。」、畠中福一が「利潤の発見という実践的要求に基づいて、その立場から、具体的な社会関係たる資本の循環過程を把握する方法」、木村和三郎が「簿記とは企業における個別資本の循環運動を記録計算し、もってその損益的結果を明らかにするもの」として仕訳と転記、そして期間決算という手続きがあるものです。P/Lが決算におけるB/Sの直接的修正項目の価値修正量をあらわすだけの表になってしまうのでは、その有機的繋がりというはどこにいってしまったのやら、と思ってしまいます。それにしても年配の先生方から書物でしか知らない過去の大先生の話を聞くのは、実に為になります。
夏本番。暑いです。コラムです。ここんとこ収益認識プロジェクトのDPを読んでいて、PAAinEの影響をひしひしと感じました。基本コンセプトとしていた実現・稼得アプローチからの離脱を、放棄することを意味しないと方向転換したり、履行義務の充足に「支配(資産)の移転」という正に実現主義の概念を組み込んだり、“Revenue Recognition-A European Contribution”で提言された内容を意識しているように見受けられました。この討議資料、収益費用アプローチの有用性を説く上で、非常に大きな役割を果たしたと言えます。ただ、整合性に欠ける部分、説明が不十分な部分が多いのは、たまに傷ですけど。最近のPAAinEは、2006年11月に公表した“THE PERFORMANCE REPORTING DEBATE”に続く第2弾として2009年3月に“PERFORMANCE REPORTING”という討議資料が公表されています。タイトルを「財務諸表の表示」ではなく「業績報告」としているところがニクイ。第1弾の副題“What ( if anything ) is wrong with the good old income statement?”もシビレます。PAAinEのIASB/FASBの基準設定と同時並行的に議論して、基準設定の早い段階で資料を公表するという活動は、確かに画期的なものですね。分厚い資料が突然公表されて、コメントはいついつまでと言われても、自ずと対応には限界があります。でも、この作業はあまりに苦しい(キツイ)ので、欧州ではPAAinEをペインと呼ぶらしいです。さて、まだ3月のPAAinE討議資料も昨年10月の財務諸表の表示プロジェクトのDPも読んでいないのですが、収益認識をやっている以上、包括利益計算書の表示は避けて通れないものです。しっかり内容を吟味しないといけません。最近は、ASBJもアドプション対応のためか、翻訳に力を入れているため、和訳を素早く出してくれているので、時間がないとか甘えてられません。財務諸表の表示プロジェクトでも、当期純利益の廃止という路線から、当期純利益の表示を維持するという方向転換がされているようです。それにしても、ザっと雛形を見ても、なんか唖然としますね・・・。特に、財政状態計算書。今後、簿記はどうなるんでしょう。そう言えば、ASBJの財務諸表表示専門委員会から10日に「財務諸表の表示に関する論点整理」が公表されています。最近の会計は、ますますスピード感がでてきていますね。週刊ダイヤモンドでも今週号は「IFRS襲来!」なんて特集を組んでいますし、2015年に向けて動きは激しくなる一方です。
相変わらずな日々を過ごしています。コラムです。先週の金曜が総会集中日でしたので、ここらで2009年3月期決算に関する話題でも書き連ねてみます。今年の集中日は、6月26日(金)。近年、分散傾向にあるといっても3月期決算の半数近く(49.3%)の会社がこの日だったようです。世界同時不況のなかで、企業の会計数値もその影響を反映したものとなっています。最近の記事を追ってみても、貸倒引当金の計上額が1年前に比べて7%増加しているとか、繰り延べ税金資産の取り崩しも影響して税負担率が89.5%で前期比49.9ポイント増の過去最高だとか、関連会社の持ち分法投資利益が64%減少するだとか、固定費削減のために2010年3月期は、減価償却費の減少が7%になる見通しだとか、東証の上場廃止が上期38社で過去最多のペースだとか、昨今の財務状況の悪化と改善への対応が垣間見れます。2009年3月期決算と言えば、終に始まったのが内部統制報告制度です。「重要な欠陥に該当し、内部統制は有効でない」と記載した報告書を提出した企業が、2672社中56社(2%)だったそうです。ほとんどの企業は、すでに「内部統制は有効と判断」されているようです。内部統制報告制度の成果なのか、不適切な取引や会計処理の誤りなどで過去の業績を訂正する企業が増えているのも2009年の特徴のようです。6月27日時点で、15社ですでに2008年の数に並んでいるとのこと。あと、有価証券報告書や四半期報告書の提出遅れも増えているとか。6月16日時点で、すでに35社で昨年の40社に迫っているようです。報告制度と言えば、有報が株主総会前に提出可能になるとか。従来、総会で承認を受けた計算書類を添付する必要から、総会後でないと提出できなかったのですが、財務情報が詳細に載っている有報が総会前に見れないのは不便ということです。そもそも根は、会社法と金商法で情報開示制度が別になっていることにあります。いわゆる日本のトライアングル体制です。上場会社は、金商法による財務諸表と会社法による計算書類という2つのB/S、P/L等を作成し、それぞれに監査を受けるのが現在の日本の財務報告制度です。そもそも目的が異なるので別物になるのは仕方がないようでもありますが、やはり同じような書類を2つ作るのは煩雑だということになります。現在、一元化に向けた議論が活発化しているようですが、個人的には日本は確定決算主義だし、一緒にするのは現実的には難しいんじゃないかと思っています。昔、修論で書いた国際化は金商法会計、国内は確定決算などに対応して会社法会計といったダブルスタンダードも悪くないんじゃないかと密かに思ってます。
何をするにも時間が足りません。コラムです。先週参加した簿記学会関東部会の統一論題が『高大連携と簿記教育のあり方』だったので、それにちなんで駄文をお送りします。少なからず教壇に立っている身として、簿記教育についての悩みは少なくありません。現在の会計は、昨今の新会計基準と従来の企業会計原則を中心とした動態論会計が混在し、まさに混沌としているため、首尾一貫した説明を行うのは非常に難しいです。勘のいい学生からの鋭い指摘なんかあると、「違和感あるかもしれないけど、そーなってるんだよねー」みたいに言い逃れしてしまいます(場合によってはです)。梅原先生の報告にあった、取引記録を基礎とした従来の複式簿記の捉え方や「企業会計原則」の枠組みをそのまま適用することの困難性や資本等式とは別個の前提に立つ「株主資本」の解釈を改めて示す必要性というのは、端的に現状を指摘されていると思いました。まあ、ここらへんの理論的解決は、会計学者のこれからの仕事だと思います。大学における簿記教育で悩ましいのは、入学時の学習レベルが商業高校出身者とその他普通科などの出身者で大きく差があることです。商業高校出身者は、ある程度学習済みで、日商簿記2級取得者もぼちぼちいます。一方、簿記という言葉を聞いたことのない学生が大半です。また、簿記検定という検定試験向けの学習スタイルと、簿記原理、会計学原理といった原理原則を教える学習スタイルの相違による問題。基本的に、大学では原理原則を重視した講義を行うべきだと考えています。検定向けの学習スタイルは、理解不足による学習の発展性の阻害になると思っていますので。比較的商業高校出身者に機械的に処理を覚えている学生が多いように見受けられ、入学時点ではダントツの実力があるのですが、その後伸び悩んでしまうことが多いです。問題のパターンの暗記という勉強に陥って、延々と検定に落ち続けるという状況も目にします。資格試験というのは、基本的に問題演習の繰り返しによる暗記になるのは仕方がないのですが、受験テクニックばかり追求していく勉強方法は、やはり発展性を感じません。特に、今後“原則主義”が採用される流れなので、細かい機械的な処理の暗記ではなく、原理原則を理解し、どんな取引にも柔軟に対応できる応用力が必要になるはずです。個人的には、簿記の構造というのは、日商3級レベルを完全に理解していれば十分だと思っていますし、あとは、理論をしっかり理解して身につけていれば、どんな複雑な取引でも基準なりテキスト片手に処理できると思います。“しーくりくりし”の意味はわからないけど、とにかくやるもんだと思っている学生の皆さんには、声を大にして言いたいものです。
梅雨になりました。コラムです。前職SEということもあり、なんとなくコンピュータのシステム設計(開発)と会計制度(会計システム)の設計という2つのシステム設計(開発)について、無理やり語ってみようと思います。システム設計は、システムの目的を定め、その目的を達成するための具体的な仕様を決めることです。コンピュータシステムの場合、要件定義、外部設計、内部設計という一連の設計フェーズで説明され、会計制度の場合、概念フレームワークの作成、各種会計基準の作成、実務指針の作成といった流れになるのではないかと思います。システム設計で重要なことは、まずは整合性でしょう(コンピュータの場合、致命的ですね)。そのうえで、拡張性やメンテナンス性の高いシンプルな構造を設計することが求められます。そして、何よりも嫌われるのが一貫性のない行き当たりばったりなプログラムなり設計です。いわゆるGo To文に代表される可読性の低下を招くプログラミングが好例でしょう。コンピュータのシステムを作成するときの首尾一貫性を考えれば、会計や法律におけるシステム全体から見た整合性というのは、無いに等しいようにも感じます(性格が異なるので仕方がないことですが)。ただ、少なくとも理論的に、つまり論理的に一貫した形であることは必要です(解釈の問題なんですけど)。理論的に一貫した会計制度(会計システム)は、信頼性が高く、使用が容易で、新たな取引形態が生じても汎用性が高いのは、コンピュータシステムと変わりません。現実の会計処理に対して、市販されているような会計ソフトウェアが作成できるのも、会計が複式簿記という標準化されたパーフェクトなシステムの上で処理されているからこそです。会計帳簿というのは、恐ろしくよくできている代物だと思わされますね。コンピュータのシステム設計には、構造化設計やオブジェクト指向といったロジカルな設計・開発思考があり、また、開発プロセスにも、ウォーターフォールやアジャイルのようにいくつか方法があります。サラリーマンをしていた頃から、こういったソフトウェア開発の考え方を会計制度(システム)の構築に少しでも応用できないかと思っていますが、特に進展はありません。ただ、その頃培ったPCスキルと徹底したロジカルシンキング、あと、忙しさに負けない体力&精神力は、何かと役に立っています。やはり、この題目にはムリがありました。最近、コラムのむちゃぶりが過ぎていますね。会計とシステムの関係は、会計基準が変更される度に、会計ソフトが更新(買換え)されるという基準変更特需が密接な関わりと言えます。内部統制も始まったし、今日の日経朝刊には2015年にIFRS義務化を目指すなんて書いてあったし、会計に関するシステム開発の仕事は、安定して供給されることでしょう。
なんか疲れが溜まってきてます。コラムです。具体的に進展しないのに、日々妄想ばかりしています。そんな妄想を独り言として書き記してみます。会計関係の方は、読むことをお勧めできません(きっと内容に絶句されます)。さて、時は遡り会計研究に興味を持ったのは、海外では概念フレームワークという演繹的に会計基準を導き出すスゴイものがあるという話を聞いたのがきっかけでした。そして、日本にはまだないと。そして、大学院に入って、概念フレームワークや基本的な会計理論の本をとにかく読みました。そこで考えたことをまとめたのが、修士論文「二つの会計目的観と我が国会計制度の方向性-意思決定有用性思考の台頭を中心として-」。我ながら大それたことを書き連ねた天晴れな内容です。その当時(今もそうですが)は、会計は受託責任の遂行が基本目的だと強く思っていまして、意思決定有用性なんて科学的アプローチとしても成り立ってないじゃないかといった感じでした。でも、世の中の流れとして、そう言ってもいられないということで、受託責任の遂行は商法会計に任せ、意思決定有用性は証取法に任せてしまえばいいじゃないかという結論(要はダブルスタンダードでいいじゃないかと)。その後、中国会計をやってみたり、休学して就職したりと研究から少し離れたりもして、社会人大学院生として戻ってきたわけですが、やはり基本的な疑問は解消されず、結局は相変わらず受託責任の遂行と意思決定有用性、資産負債アプローチと収益費用アプローチという二項対立の議論を続けていました。最近では、世の中の論調もあり、二項対立的な議論から抜け出し、両者は併存するという前提のもとでの会計理論の構築が正解なのかなと模索しています。主として異なる測定属性の併存を可能にする利益計算構造を考えるということですが、まずは、会計目的観について、受託責任の遂行と意思決定有用性が併存している現実社会を証明することをもって議論の出発点として、資産負債アプローチと収益費用アプローチのいずれかによる理論構築ではなく、両者が併存するハイブリットな会計理論、もしくは視点を変えた新たな会計理論について考えてみようかと。今現在、妄想している基本的なスタンスは、測定属性の選択を認識・測定の対象となる資産等の経済活動の態様によって行うというもので、つまりは、事業活動に関するものは、正確な期間損益計算を目的に取得原価主義会計による長期的視点による信頼性の高い硬度な測定値による報告を行い、金融活動に関するものは、リスクの開示、企業実態の開示を目的に公正価値会計による現在出口価格による開示を行うといったような、資産用途に応じた属性の選択です。基本的に、受託責任の遂行であろうと意思決定有用性であろうと、欲しい情報は、同じだと思っています。事業資産の会計情報としての数値は、売却価値ではなく、その企業が持つことによって将来生じる価値であり、それは実際に操業で得た利益であり、それに対応する形で費用配分するのがいいと株主も投資者も考えるであろうと思いますし、金融資産はその時点の市場価値を株主も投資者も知りたいと思います。要は、その資産の意味にあるんだと思います。そして、さらには、高度に進化した経済社会に対応した会計報告のあり方として、知的資産に関する開示についても検討する必要があるように感じます。つまり、プロダクト経済、ファイナンス経済、ナレッジ経済という態様やプロセスの異なる経済活動を財務諸表上にどのように明瞭な形で表現し、会計報告するかということです。この解決の糸口は、上記の測定属性の併存を前提とした会計システム(計算構造)と経済活動の態様別に開示できる報告様式を用意することじゃないかと考えています。と、頭の中では妄想は膨らむばかりですが、実際に理論構築するほどのサーベイも足りず、具体的な議論になかなか発展しません。今日まで世界中の機関や学者が論じてきた内容を読み漁って、自分なりに再構築したいと気持ちばかりが膨らみます。それにしても、時間がない。・・・、言わない約束でした。
当分祝日は遠のきました。コラムです。いよいよ「工事契約に関する会計基準」の適用が始まりました。一応、追っかけているテーマのひとつなので、最近の記事をもとに駄文を少し。まず、先月20日に経済産業省の“受注制作ソフトウェアにおける工事進行基準適用に関する勉強会”から論点整理が公表されていることから。この勉強会と論点の整理は、中小のITベンダーに蔓延する工事進行基準適用への不安や誤解の解消を目的としています。そして、その不安や誤解というのは、必ず工事進行基準を適用しなければならないのか、適用しなければ仕事がもらえなくなってしまうのか、というものです。確かに新聞、雑誌等での表現によって過剰反応していた感はあります。誤解を招いているのは、「すべての案件」とか、「適用の有無で企業の管理体制が判断される」という極端な表現によるものだと思います。「すべての案件」という誤解については、会計基準上は要件を満たしているか満たしていないかだけの判断になりますし、記事のとおり工事完成基準は「中小企業の会計に関する指針」でも認められていると思います。ただ、税法上は、契約期間1年以上かつ請負総額10億円以上の請負工事については適用しなければなりません。現実の適用状況は、日経ソリューションビジネスのアンケート調査によると、年商100億円以上のITベンダーの89.3%が適用、もしくは適用予定だそうです(有効回答率は45.5%ですが)。ちなみに、すべての案件に適用していると回答した企業が8社あるようです(スゴイ)。次に「適用の有無で企業の管理体制が判断される」という不安についてですが、個人的には“適用の有無=プロジェクト管理の質”ではなくて、“適用の有無≒プロジェクト管理の質”ということで、絶対とは言えないだけで、ある程度当たっていると思っています。つまり、工事進行基準を適用するにはある程度のプロジェクト管理の質が必要であるのに対して、プロジェクト管理の質の高い企業のすべてが工事進行基準を採用しているとは限らないと。先のアンケートでは進行基準適用とともに取り組んだ施策として、91.4%の企業が“プロジェクト管理の強化”と回答しています。やっぱ、管理体制をみる基準としては合理性があると思います。そして、論点整理では、基本的に誤解について「そんなことはないよ」というスタンスですが、IFRS適用とともに原則適用される時代がくるのは時間の問題ということを忘れてはいけません。そのためには、プロジェクト管理の質の向上と代金支払いに関する商慣習の変更が必要となってくると思います。しかし、今回のような現実の話題と前回までのような理論の話題が、うまく結びつかず、乖離してしまうのが悩ましいです。整理がつかないというか何というか。まだまだ修行が足りません。
いろいろ思いを巡らしていると書かずにはいられません。コラムです。今、会計理論について、何を考えるべきなのでしょう。会計学総論の講義では、相変わらず一般原則、P/L原則、B/S原則の話をするのですが、時代錯誤の感を拭いきれません。財務会計や国際会計のような専門科目であれば、遺憾なく現代会計の面白さを語れるのですが、基礎科目ではカリキュラムも固定化されていて、余裕がないのが実情です。会計学の初歩では、従来の取得原価主義会計として精緻化された企業会計を語るわけですが、実際は金融商品会計基準に代表される時価評価を導入している基準が続々と公表され、その理論では全く説明できないのが現在の会計実務です。取得原価主義会計と公正価値会計を論じる際には、大抵、会計目的の違い(受託責任会計 vs 意思決定有用性会計)か、利益観の違い(収益費用アプローチvs資産負債アプローチ)による二項対立的な話に終始してしまいがちですが、この議論、正直聞き飽きたし、エンドレスです。現実的には、両者が併存しているのが今の世の中であり、二者択一では到底結論なんて得られるものではありません。なので、議論の焦点は、両者の併存をいかに論理的に説明しうるかということなんだと思います。取得原価主義会計と公正価値会計の認識・測定のメカニズムの相違とその融合ということになるのか、、、でも、違うものは違うんだから、視点を変えないと結論は得られない気がします。ものすごく単純に考えると企業価値とか業績評価って、企業全体の組織価値にあると思うんですが、これを一律に評価することはムリがあるんですよね…。だから、個々の資産について個別評価するわけで。そして、個別の資産によって保有の目的・用途や異なると。機械とかの事業用とか、金融資産のような投資運用とか。つまりは、その評価する対象の意味について考えて評価基準(認識・測定)が変わってくるんじゃないかなぁと。当たり前のようで、やれ全面時価(包括利益)、いや取得原価(純利益)では、消えてしまいがちな視点です。もっと大枠で違った視点で捉える時期に来てるんじゃないかと思います。もちろん、全面公正価値ではなく、違う視点で。
皐月になりました。コラムです。今月の『會計』は、昨年末の研究学会関西部会編なのですが、統一論題「現行会計実務をどう説明するか-取得原価主義会計・公正価値会計・併存会計」にシビれました。取得原価主義会計の枠組みにおいて説明する見解、公正価値会計の枠組みにおいて説明する見解、併存会計の枠組みにおいて説明する見解を取り上げて、その説明の妥当性を検討なんて、聞いただけでも鼻息が荒くなってしまいます(フンっ)。様々な理論が錯綜する現行の会計をどう説明するかという関西会計学界の意欲的な論題とその内容に、勇気を覚えました。特に、事業活動と金融活動を分ける必要性を感じていた私にとって、会計構造から測定を捉えなおす発想は、斬新かつ非常に共感を持つ内容でした。長期的な研究開発を行っている企業の財務的成果(当期純利益)と短期毎の業績評価(いわゆる包括利益)が相反し、目的ではうまく説明できない混合測定モデルにおいて、経済活動の態様をもとにした資産分類から導かれる会計構造によって測定を捉え、測定の大枠に沿って計算対象の論理(対象の属性や目的など)に従い詳細を決めるという流れは、非常に整合性ある理論の可能性を秘めているし、これぞ会計学といった感じがしました。個人的には、プロダクト系、ファイナンス系、ナレッジ系の3類型も何かしらの示唆を与えてくれる分類になるのかなぁって思ってます。どういう形になるかは?ですが、やはり業績表示は、大きく変える必要があるのかもしれません。マトリックスな報告書もアリだと思うし。とまあ、妄想は膨らむばかりですが、手許の研究は進んでいません…。週18コマに授業準備にあれやこれやでは、なかなか手が回らないというかなんというか、言い訳ですね…。グチはいいとして、今回のタイトルでもある“併存会計”という表現ですが、個人的にはハイブリットな会計理論という言い回しで表現していました。今月号でかなり使用されているので、この表現が一般化してしまうのかな。
NEW PCからの更新。コラムです。さて、米国の大手銀行は、1-3月期の決算で業績が好転してきているようです。ただ、会計処理のカラクリがあるとかないとか。それが今回のタイトルでもある“負債評価益”。シティが27億ドル、バンカメが22億ドル計上しているということです。この負債評価益がなければ、シティは赤字、バンカメも利益が半分になるとか。ちなみに、負債評価益とは、社債などの企業の負債の市場価値が下落した場合、債権者への支払い義務も減少するとみなして評価益を計上するものです。つまり、買入償還しようと思えば、かなり安い金額で償還できるのでその分利益を計上するということ。自社の信用が下がっているのに、利益が出るっていうのは、なんかしっくりこないですが、仕組み的には「まあそうか」といったところでしょうか。でも、債券は基本的に満期に支払うものですから、市場価格が下がったからといって、利益を計上するのは如何なものかとも思います。買入償還したのであれば、そのときに償還益を計上すればいい話で、先取りというか、その場の状況で利益を計上するのは、なんか怪しいですし、形式上そんな利益で決算が黒字になっていても、実態を見えづらいんじゃないでしょうか。さて、この話の根っこは、公正価値会計といわれる、いわゆる時価会計の適用があります。この処理はSFAS157号「公正価値測定」に代表される公正価値評価を求める一連の会計基準のひとつであるSFAS159号が認めているのですが、とにかくモノの価値は現在出口価格、つまり、その日に売れる価格で財務諸表に載せようというものです。なんのためにそんなことをするのかと言えば、財務諸表は決算日における企業の経済的実態を正確に示さなくてはならないという考えのもと、なるべく操作の余地がない情報ということで、そのときの時価、ということになるわけです。そして、利益はその時価の変動差額ということになるわけで。ちなみに、時価会計と対置して論じられる取得原価主義会計は、企業の経済的実態の開示よりも正確な損益計算を重視した考え方に基づいていて、そこでは、発生した費用と実現した利益の計算に基づいた期間損益計算、つまり実際にいくら儲けたかという計算をしたうえで、まだ費用化していないものを資産として捉えています。皆さんは、ストックとフロー、どちらを重視して報告したほうがよいと考えますか?
新年度早々、いっぱいいっぱいです。コラムです。とりあえず、何か書いておこうと思い、PCに向かってます。昨日今日と日経で“新米国会計基準の波紋”という特集をやっています。昨日の記事は、「純利益の定義が変わるよ」というものでした。話の根っこは、親会社の視点で連結財務諸表を作成する親会社説から、グループ報告企業、つまりグループ全体の視点で連結財務諸表を作成する経済的単一体説に、連結基礎概念がシフトしていることにあります。この視点の違いによって、利益の考え方が変わってくることになります。どういうことかと言うと、これまでは親会社の株主の視点で考えていたため、純利益は、トータルの利益から少数株主に係る利益を差引いて算出していました。それがグループ全体という視点になることによって、トータルの利益が純利益となり、その純利益を親会社持分利益と少数株主持分利益に分けるというプロセスに変わることになります。会計は、企業の経済活動を写像するものだと言いますが、会計基準とは、写真でいうところの絞りや角度などを規定するものであり、基準の変更は、絞りや角度などの変更と言えます。つまり、視点が変わることによって、被写体の実体は変わらないけど、見え方が変わってくることになるわけです。すなわち、時価会計だろうが、取得原価主義会計だろうが、会社の経済実体は何ら変わらないけど、財務諸表の数値は全く変わってくると。で、会計学者は、どの考え方(理論)が経済実体をうまく写像することができるか、ということを日々考えているわけです。さて、連結基礎概念の変化には、そのまた背景として会計主体論の変化があります。IASB/FASBの概念フレームワークプロジェクトの「財務報告の目的」の公開草案では、財務諸表の利用者を株主のような特定のグループから幅広いユーザーに範囲を広げ、会計主体、つまり誰の立場から会計を行うかという観点を広く捉えるようになってきています。そして、その立場は、会計の目的をどう捉えるかによって規定されてくると思います。つまり、会計の意義を受託責任の遂行に求めるのか、投資の意思決定有用性に求めるのかといったことです。受託責任の立場に立てば、会社は株主のものという前提で論理が組まれますし、意思決定有用性の立場に立てば、連結基礎概念でいうグループ全体の観点から見るのが望ましいと言えるのかもしれません。ちょっと乱暴な内容になりましたが、今年度もとりあえず月一は守って書いていこうと思います。最後に、昨日の夕刊に「観光振興「休日改革」」という見出し記事のなかで“有給休暇引当金”の基準化に触れていました。有給休暇取得率の低い日本では、ぜひ制度化してもらいたいものですね。
休み期間は、コラムの数が増加傾向。コラムです。今更ですが、『情報サービス産業 工事進行基準適用マニュアル』をザックリ読んでみました。先週あるセミナーに参加したのですが、そのときの講師の方がこのマニュアルの作成に携わっていた方だとは気付きませんでした。この手のセミナーに参加すると定期購読がつくので、ウチには『日経ソリューションビジネス』と『日経コンピュータ』が毎号届きます。SEを離れて1年ですが、手にすると懐かしい感じがします。さて、前置きが長くなりました。このマニュアルは、工事進行基準の運用に必要な業務モデルをプロマネ業務と会計業務の2つの観点から、それぞれポイントごとにフローチャートが示されていて非常にわかりやすくまとめられています。まさにシステム設計時の業務分析なんかを髣髴させるマニュアルです。要となるのは、管理しやすい規模への契約の分割、コスト見積りの精度、正確な進捗の把握あたりだと思います。具体的な体制作りは、上述の通りフローチャートになっているので参考ください。ところで、マニュアルや一昨年の論文にも書いたのですが、工事進行基準の適用はIT業界のプロジェクトマネジメントを確立するいい機会となると思います。曖昧な仕様、動かない(機能しない)システムやユーザーとベンダーの相互依存と敵対関係、このような誰もが経験のある事態を改善するまたとないチャンスとなるはずです。政界との癒着が問題となる建設業界ですが、請負工事に関するマネジメント力は、IT業界とは比較にならないほど進んでいます。しかしながら、昨年12月に終わったDay2プロジェクト(三菱東京UFJのシステム統合)は、開発工数11万人月、投資額2500億円。ピーク時に6,000人のSEが動員されていたっていうんだから建設業顔負けの規模です。よく無事終了したもんだと思います。これを統括指揮した人はスゴイですよね。SEというのは企画力、提案力、実行力、交渉力、動員力、プレゼン能力、取材能力・報告能力、ドキュメンテーション能力、コミュニケーション能力、リーダーシップ、研究能力、瞬発力、持久力、協調性、情報収集・発信能力、そして責任感のいる超人的な人間だなと思います。前職でも中堅以上の人はホントに能力の高い方ばかりでした。さて、今後、日本でIFRSが適用されるようになると、工事完成基準は存在しないので、また会計処理が変更されることになります。あと、今現在のIAS11号の考え方は、現在作成されている概念フレームワークや収益認識基準と整合性がとれるか不安が残るところです。整合性がとれない場合は、とれるように改訂されるのが筋でしょうから、IFRSはIFRSで変更の可能性もあります。会計基準が落ち着いた運用になるのは、いつになるのやら。
ひどく花粉症です。コラムです。最近、やっと本格的に来年度の授業準備を始めたのですが、今頃“後入先出法”が日商簿記の出題範囲から削除されたことを知りました(ちなみに日商からは1/7に公表されていました)。前々から授業では、会計基準からなくなるから重要性は低いと判断して飛ばしていた節があったのですが、検定試験対策の勉強をしている学生に問題集に載っているのに・・・と言われるので最近は説明するように心掛けていたんですが、次回(6/14)から削除とは・・・。しかも、こないだ説明したばっかり・・・。でも、簿記検定受験者にとっては朗報ですね。後入先出を勉強しなくて済むわけですから。しかも、苦手とする人が多い部分ですし。ちなみに、後入先出法の廃止は2011年3月期からなので、2010年4月1日から開始する事業年度からとなります。後入先出法の採用は、石油、化学、非鉄などの業種で多いと言われますが、確かに元売業者にとってはより時価に近い後入先出のほうが損益は実態に近いような気もします。在庫は時価と乖離しますが。まあ、総平均法が妥当なところなのでしょう。ところで、後入先出法採用会社は、在庫の評価方法を変更する動きですが、石油元売なんかでは昔安く仕入れた原油の含み益がガツンと計上されているようです。昨年の4-6月期に新日石で926億円、新日鉱HDで377億円だとか。在庫評価と言えば、2009年3月期から低価法の強制適用が始まります。これまで原価法or低価法でしたから、原価法採用会社は今期の決算で結構な評価損を計上することになるようです。特に、電子材料などの製品の陳腐化や価格の下落の早いモノを扱う業種は影響が大きいようで。4-12月期で三菱重工397億円、三井金属149億円、OKI124億円、ニコン91億円と新聞記事にはありました。こう見ていくと、会計基準の変更というのは企業業績に与える影響がホント大きいなあと思います。これから世界はIFRS適用に向かうわけですが、これに伴ってまたまた矢継ぎ早に基準が変わっていくわけで、、、ため息モノです。講義もそれに伴ってどんどん内容が変わるわけですが、こないだの“国際会計”なんかはホントに変化が激しくて、実感させられました。今やったら、また内容がだいぶ変わると思います。
3月も後半に突入、新年度は目前です。コラムです。先週は、久々に会計ネタが新聞にゴロゴロ載っかってました。新年度を前に新基準ネタやIFRSの適用に向けた話が半分、あとはアメリカでの時価会計の見直し論議の話題。12日に下院の金融委員会で公聴会が開かれたらしく、議員、政府、金融当局で揉めている模様です。12日に公聴会があったせいで、先週とあるシンポジウムのパネラーに予定されていたFASBのRobert Herz議長は欠席でした。IASB、FASB、ASBJのトップが集うはずだったのに…。さて、下院議員さんは「これは不況に苦しむ家計の問題だ。アカデミックな議論は不要。すぐに時価会計を何とかしろ」とのたまわれていると新聞に書いてありました。この言動、私には「被告人は残忍な犯罪者だ。議論なんて必要ない、即刻死刑だ」もしくは、「○○はテロ国家だ。議論の必要なんてない、即刻ミサイルを撃ち込め」と言っているように聞こえます。さっぱり論理がわかりません。ちゃんと議論しましょう。根底には公的資金枠を巡る銀行の資産査定があるそうで、損失を減らして公的資金を減らそうという思惑があるようです。別の意図を持って真実を捻じ曲げるような政治的介入はいかんでしょう。会計だって、それなりの理論を持って構築されているものです。“建築士の設計に勝手に手を加えて建物が崩れた”、“プロが作ったプログラムに素人が手を加えて滅茶苦茶になった”ということになりかねません。「アカデミックな議論は不要」というのは、あまりに酷過ぎる。そもそも、時価会計緩和すれば損失が減るって。シロウトが株で損して、いつか上がるよと損失を確定しないのと同じ心境なのでしょうか。いい大人が現実逃避もいいところです。個人ならともかく、他人から資金を調達しておいて実態を隠すのは不正と言わずして何というのか。そして、信憑性のない数字しか出さない財務諸表に意味がないことぐらい誰だってわかるだろうに…。また、不良資産に時価会計を適用していることが金融不安の一因って。価値が下がるような仕組みに問題があるんでしょうに。もっと先を見据えた議論をできないものでしょうか。と、そんな私見はいいとして、時価会計についてFASBは3週間以内に新しい指針を出すらしいです。ガイトナー財務長官、バーナンキFRB議長やシャピロSEC委員長といった方々の意見に沿った形で進んでいくといいのですが。時価会計の問題のひとつであるプロシクリカリティーを踏まえた改善策が望まれます。話は変わりますが、この時期、会計に携わる方々は多忙を極めていると思います。そして、監査法人やコンサルティング会社では、内部統制が終わったら次はIFRSかよと次から次へと大変なご時世です(稼ぎ時でもありますが)。私も頑張らなくては
コラム始めてちょうど6年。私も29歳になりました。来年はいよいよ、、、です。さて、IFRS導入に向けた議論が日々熱を増しています。IASBのガバナンス、原則主義への対応、基準(理論)の整合性と論点も多様です。そして、考えれば考えるほど統一の難しさ(矛盾)が浮き彫りになります。仮に今、全世界がIFRSを適用したら、どうなるのでしょう。ある国の経済制度に即した形で作られていた最適の会計基準をIFRSに変更したため、事実に即した会計数値が導けなくなったとか、IFRSを使用しているが会計担当者や監査人が守らない、もしくは理解していないとか、国によっては一部IFRSを適用していない規制をかけているとか、経済制度との相性、実施メカニズム(教育など)の水準、カーブアウトといった様々な問題が生じることになるでしょう(実際に起きているか)。よく言われるのは、情報の比較可能性を高めて、資本コストを下げるのは、基準の統一ではなく、実務の統一だと。経済制度や個々の取引レベルの実務が同じようになれば、会計基準も必然的に同じになっていくし、コンバージェンスは達成されるということです。確かに、基準のコンバージェンスにかかる争いは、慣習の違いからくる争いであり、どちらに合わせるかという争いです。今行われていることは、“実務の統一→基準の統一”とは真逆で、基準の変更を呑んだ側が必然的にその実務や慣習も取り入れることになります。ただ、文化や慣習はそう簡単に変わるものではないので、実体と会計数値に乖離が生じてしまいます。難しいですね。忠実な表現を維持して会計を統一していくためには、やはり会計基準のコアとなる概念の整理が必要だと思います。誰もが納得いく形で。それは、おそらくIASBが進めてきた全面時価会計(公正価値会計)ではないでしょう。全面時価なんていうのは金融経済を過大評価し過ぎたものであり、実物経済の壁にぶち当たること請け合いです。私見ですが、実物経済と金融経済は、認識・測定プロセスが全く異なるものだと思います。実物経済においては、プロセスが重視され、顧客の販売に基づいたフローに着目する認識・測定モデルが事実に即した財務情報を生み出すであろうし、金融経済で動いている金融資産は、価値の変動を追跡したストックに着目した認識・測定モデルが適していると考えます。つまり、現行の会計基準における金融資産を保有目的別に評価しているのと同様に、目的別に評価規準を設定するのが適切かなぁと。なにかと混乱や会計数値の質を低下させているのは、実物経済に対する公正価値評価なのではないでしょうか。プロセスと切り離して資産の価値を捉える方法は無謀です。今後のテーマは、収益認識を中心に、金融経済と実物経済における認識・測定プロセスの違いとその理論的融合です。できるかなぁ~
2月が終わろうとしています。コラムです。6年かけて今回が200回目(その間、2年くらい更新が滞っていた時期がありますが・・・)。今回は、会計ネタは封印して独り言です。私は、学生の頃から電車での過ごし方は読書と決めている節があります。いつそうなったのかわかりませんが、習慣化されています。淡々と続けること10年。これまでに500数十冊ほど読みました。漠然と30歳までに1,000冊読めればいいなぁと思っていたのですが、このペースでは遠く及ばなそうです。さて、今回はこの本たちを振り返ってみて、印象に残ったものなどを書き連ねてみようかと思います。基本的に実用書が多いので、自己啓発的なものになりそうです。ざーっと、book diaryなんかを振り返ってみて、これは良かったというのは多くあるのですが、誰にでも読み易くてお勧めできそうなものは、処世訓では『菜根譚』(洪自誠著/祐木亜子訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2007年12月15日)、仕事の進め方なんかで言えば『デッドライン』(トム・デマルコ著/伊豆原弓訳、日経BP社、1999年3月23日)、アイデアの作り方は『アイデアのつくり方』(ジェームス・W・ヤング著/今井茂雄訳、阪急コミュニケーションズ、1988年4月8日)といったあたりですね。日本のものがないのが寂しいところ。経済・会計本は、個人的に好きなものは多くありますが、↑の境地に至るものはないですね。誰にでも読める経済の仕組みという意味では、『市場(スーク)の中の女の子』(松井彰彦、PHP研究所、2004年11月5日)なんかはよくできていると思います。読書のなかで生き方の指針として確信を持っているのが、稲盛さんなんかがおっしゃる「「原理原則」に則って物事の本質を追究して、人間としてなにが正しいかで判断する」ということですね。子供でもわかる「善いこと悪いこと」を基準としたプリミティブな倫理観を基礎とする正しい思考の習慣こそが、よい人生を全うするための秘訣だと。あと、他人の目(社会的な見え方)や形式的な目標(試験の合格など)ではなく、行為そのものに意味を見出す視点を持って、学習は「~を学ぶ」ではなく「~から学ぶ」という姿勢が大切だと思います。ただ、生きていくなかで、正義感、責任感、倫理観、勇気、誠実、友情、忍耐力、持続力、節制心、判断力、決断力、優しさ、思いやりを持って品格を保つことは並大抵のことではありません。むしろ、人である限りムリとも言えます。でも、日々の生活、人生における様々な選択において、↑の思考をもって臨むことは大事です。多くの方に批判を受けそうですが、私の人生観として、合理的な生き方ほどつまらないものはない、という考えがあります(私見ですよ)。ある目標に向かってまっしぐらに進むのではなく、異なる分野も大事にして幅を広げることが面白く生きることだと。こだわり過ぎるとムリ・ムラ・ムダが出るもんだと思っています。最後に、自分の戒めとして4つ。「わざと非凡な人間を気取るのは、ただの変人にすぎない」、「世を捨てて高潔を気取るのは、単なるひねくれ者にすぎない」、「評判が立つのは、自分で清廉を売り物にする自己顕示欲の強い人」、「名声を求める人間は、自分の信念や志を隠れ蓑にして、裏で悪行を行うため、人の目につきにくい。したがって、計り知れない弊害をもたらす」。んー、鋭い。
怒涛の1月もあと少し。コラムです。経済危機と共に進んでいる会計基準の統一化。1/27の一面に「国際会計基準 09年度から利用可能」「会計審方針 義務化、12年メド判断」と日本においてもIFRSの適用が現実に迫ってきています。米国では、昨年11月に「米国企業に対するIFRS適用に関するロードマップ(最終)規則案」が公表され、一定規模以上の上場企業に対して2009年度からの早期適用の容認、2014年度から3年間かけてIFRSの適用義務付けがほぼ決定されている状況にあります(2011年に状況を見極めて最終決定)。日本では、昨年10月、12月に企業会計審議会において、IFRS適用のロードマップ作成に向けて審議が行われており、今日(1/28)ロードマップを盛り込んだ中間報告案が公表される予定です。もう、この流れに逆らうことはムリな感じです。ただ、IFRS適用は、そうすんなりとはいきません。確定決算主義を採る我が国における税法との関係、会社法との関係、IFRS教育、原則基準への対応と問題は山積です。ただ、ここに挙げた問題は、大陸法系の国に共通したものであり、欧州においてIFRS適用がまだ連結のみを対象としたものであることと同種のものと言えます。そして、convergenceからadoptionへの流れは、国際会計基準設定機関であるIASBの役割にも変化を与えるものでしょう。以前、国際会計基準がIOSCOに承認され、世界的に認知、採用が拡大した際、IASCは、各国の既存の会計基準を取り入れるという役割(調和化:harmonization)から会計基準の統合(収斂:convergence)へとその役割を変化させるとともに、組織をIASBに衣替えしました。そして、現在、新たなadoptionという時代に適合した国際会計基準設定機関を考えるべくIASCFの定款変更が議論されています。具体な戦略要素として、①基準設定の独立性を保持しつつ社会に対する説明責任を果たすこと、②真のグローバル化の達成、③IFRSブランドの保護、④組織の効率的運営が挙げられていますが、要点はモニタリンググループの設置とボードメンバーの地域バランスだと思います。現在の米国、欧州、日本の影響力が大きいことは是正されるべきだと思いますが、バランスをとるとなるとどうしても中国、インド、オーストラリアを含むアジア・アセアニアに入る日本の影響力の低下は免れなさそうで、複雑な心境です。それにしても、国際会計という領域は、これまで各国の会計制度比較(類型化)や国際的統一化に向けて研究成果を積んできたわけですが、会計基準が統一された暁には、国際取引における処理(外貨換算等)を論じる領域を残し、どう展開していくのでしょう。
あっという間に前回から1ヶ月。明けましておめでとうございます。コラムです。相変わらず、巷では景気の悪いニュースが多いですね。利益(課税所得)の減少によって、繰延税金資産の取り崩しも相次いでいるとか。雇用情勢も悪化の一途を辿っていますが、正規雇用ではないにせよ、何とか食い繋いでいる自分は恵まれている方なのかもしれません。さて、先ほど繰延税金資産の取崩しの話をしましたが、この不確実な時代、見積もりによる会計数値というものに、どれほど信頼性があるのか改めて考えさせられます。昨今の時価会計の緩和においては、投売り状態になっている金融商品については、経営者が合理的に算定した価格を時価として認めるとして、主観的な見積もりの容認する向きがありますが、何をもって公正価値(fair value)とするのかも難しいところです。先月の日経に、「時価会計には、不況下の停止論が亡霊のようにつきまとう。」なんていう面白い記事があったのですが、確かに時価会計にはプロシクリカリティー(景気循環の増幅効果)があるように思います。好景気時には、活況な市場や経済を背景に時価による評価益が膨らみ、益々企業業績に弾みがつき、景気後退時には、市場や経済の低迷により時価による評価損が計上され、益々企業業績が落ち込むという一連の会計と企業業績のシンパシー。会計理論の変化は、主として産業構造の変化と結びつくものと考えますが、取得原価主義、時価主義の選択は、もっと政治的な側面が強く、景気の良し悪しも非常に関連性があるのではないかと思います。取得原価と時価の選択が経済的背景によって振れるようでは、期間比較に支障をきたし、正確な企業実態を表しているとは言えません。長い目で見て、現在の会計制度が使用可能なものか、経済の変化に耐えうる原理原則を導き出したものなのか、問われるところです。景気変動と時価評価損益の関連性や景気変動と会計基準の性格の関連を調べるのも面白そうです。さて、私がちんたらしていたせいか、先月にIASB/FASBの収益認識プロジェクトのDPが出ていたことも見逃していて、最近やっと手をつけ始めたところです(ちなみにコメント期間は今月19日に終了しています)。何をもって収益とするのかという会計上、大変重要なこの議論、DPではこれまでの議論どおり、認識については、契約にかかる債権・債務(履行義務)をベースに行うことが基本とされ、測定については、現在出口価格アプローチ(Current exit price approach)と原取引価格アプローチ(Original transaction price approach)を扱っています。それにしても、時間がない。これは言わない約束でした。
休み期間中は、昼夜、活字とPCとの睨めっこ。コラムです。一昨日、企業結合に関する6つの基準等(企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」、企業会計基準第22号「連結財務諸表に関する会計基準」、企業会計基準第23号「『研究開発費等に係る会計基準』の一部改正」、改正企業会計基準第7号「事業分離等に関する会計基準」、改正企業会計基準第16号「持分法に関する会計基準」、改正企業会計基準適用指針第10号「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」、長い!)が公表されました。これをもって、東京合意に基づく2008年までに解消するべき重用な差異、ASBJのプロジェクト計画表でいうところの短期プロジェクト項目が、すべて完了したということになります。固定資産の減損については、IASBとFASBの動向を踏まえて対応することとして外れていますが。そもそも、この短期プロジェクト項目は、EUによる同等性評価において排除するよう指摘されたIFRSとの差異です。2005年7月の公表時には、26項目ありました。苦節3年半、コンバージェンスを進めてきた甲斐あって、今月欧州委員会から日本基準をIFRSと同等と認める旨が公表されました。ここに2009年問題といわれていた日本企業のEU市場におけるIFRS強制適用は回避されたことになります。これまでのプロジェクトを振り返れば、企業結合(プーリング、その他)、連結の範囲(SPEの開示、連結)、会計方針の統一(在外子会社、関連会社)、ストック・オプション(費用化・注記)、棚卸資産(評価基準、後入先出法)、無形資産(研究費、開発費)、工事契約、資産除去債務、退職給付(割引率その他)、金融商品(時価開示)、投資不動産と書くのも面倒な数です。それにしても、1997年6月の連結財務諸表制度の見直しに関する意見書辺りから始まった会計ビックバン、それに続く一連の会計基準の設定と改訂と、この10年、矢継ぎ早に会計基準は変更されてきました。素人目に見て、ルールがこれほど頻繁に変わると、読み手(作り手もそうですが)は数値を正確に分析できなくなってしまうのではないかと思ってしまいます。あと、IT技術などが典型ですが、知識(技術)の陳腐化が早く、継続的な勉強が必要不可欠なジャンルに簿記・会計も入ってきたなと。簿記検定などもボクが学生していた頃の知識で解いては、マルはもらえません。ついつい慣れ親しんだ勘定科目を使ってしまったり。年初の国際会計はその典型で、今月作ったレジュメが日々のニュースで、すでに陳腐化してるんだから・・・。
学生の休み期間が勝負。コラムです。巷では、IFRSは世界100カ国以上で使用されていると言われていますが、実際のところどうなのか釈然としない気がしませんか。市場規模でいうところの第1位、第2位であるアメリカと日本では採用されていないですし、日本に迫る勢いの第3位の中国では、2006年にIFRSとほぼ同等とされる会計基準が制定されてはいるものの、EUには同等と評価されていません。この時点で、市場規模で測れば、半分近く(46.3%)の部分において本格的な採用はまだ行われていないことになります。Deloitteの調査(2008年12月時点)では、世界でIFRS採用が89カ国、許容が24カ国、不採用が34カ国と、思ったほど進んでいない感もあります。もう少し具体的に見ていくと、まずIFRS採用の代表格がEU。ご存知のとおり2005年より域内企業においてIFRSが義務付けられています。そして、オーストラリア、ニュージーランド、香港といったイギリスと関係の深い国では、IFRSを国内基準化して採用済みです。シンガポールでも大方のIFRSを国内基準として採用済みだとか。このほか、世界を代表する国々では、2010年、2011年にIFRSを採用することが決まっている状勢です。ブラジルでは、2007年7月に2010年からのIFRSの義務付けを決定しており、インドでも2007年7月に2011年4月からのIFRS採用を決定しています。米国寄りだったカナダも2006年7月に、2011年1月からのIFRS採用を決めています。お隣韓国は、2007年3月に2011年からのIFRSを義務付けることとしています。こうしてみると2011年がIFRS採用のひとつの区切りであることは確かで、FASBのMoUにしても2011年を区切りにしていますし、SECは2011年にIFRS強制適用を判断するとしています。国際会計においては、2007年問題、2009年問題と節目々々に、その年をとって命名してきましたが、次の山は2011年になりますね。世界の会計基準はどうなっているか、見ものです。そんなユルい話ではないですけど。それにしても、経済合理性を追求するとIFRSで統一するのがいいに決まってるのですが、だからといってそうとは限りませんよね。そもそも会計制度というのは、文化が違い、経済制度が違うからこそ異なるわけで、それぞれの国のベストプラクティスなわけです。それをある世界基準に統一して、果たしてすべての国・地域で機能するのか、企業の真実の姿を映し出せるのか、まだまだ不透明だと思います。そもそも教育が追いつくのかどうか・・・
一足早く今日が仕事納め(やることはたんまりですが…)。年明けは4日から集中講義です。身近な企業の身近な話題があったので、書いてみました。相変わらずの駄文です。では、ソフトバンクの貸倒引当金が1年で500億円増えたという話題から(12/13日経)。ちなみに、9月末の残高が810億円ですから、1年で3倍に膨れ上がってます。なんでも端末の割賦販売の拡大と景気悪化が相俟って、回収不能になる割賦債権や通話収入が増えているそうです。ちなみに、ソフトバンクの携帯は、他社と比べて端末が異常に高いです。倍とはいきませんが、1.5倍くらいはします。最近、自分の携帯の端末代を計算したら、¥72,000(!!)でした。機種変するときは、一切おカネがかからないので、正直何も考えず、適当に買ったのですが、、、まさかこんなにしてるなんて…。使い始めて1年、この携帯に、あと¥36,000(12ヶ月)も払うのかと思うと…、なんかツラい気持ちになります。とはいえ、この端末の高さは、通話料の安さでカバーされているので、結局どこの会社でも支払い額は大体同じくらいなんですよね。話がズレてしまいました。話を貸引に戻しましょう。ソフトバンクの割賦販売の貸倒れリスクは5%程度らしいのですが、驚くのが通話収入の貸倒れリスク。一人当たりの平均的な支払い料金ベースで、743万人に上るそうです(総加入件数1,963万件)。とんでもない額を使用して支払わない人が多いためのようですが、驚愕の数字です。それにしても、ホワイトプランとか言って、安く見せかけて、ちゃっかりおカネを払わせているところが商売上手です。いつだか学生に“しゃべるお父さんストラップ”を触らせてもらったら「お前にはまだ早い」と言われました。さて、お次はマック(McDonald’sのほう)いきましょう。12/9の記事で店舗売却益を売上高に計上するから、営業の実態がわかりづらいと書いてありました。なんでも店舗売却(FCオーナーへの)の利益率が高く、その額も増加しているため、全体の売上と営業利益、ひいては営業利益率をかなり押し上げているというのです。店舗売却分を差し引けば、営業減益かもしれないのに、現状の決算数値ではわかりづらいと。でも、会計処理自体は適正なんですね。マックの定款には、事業目的としてFCオーナーへの店舗売却が入っているそうなので、通常事業による売上と言えます。ただ、わかりづらさがあるのは確かです。店舗売却益の金額が未公表であることは、わかりづらさに拍車をかけているかも。でも、FC化はマックの最重要戦略であることは、大々的にアピールされているので、そこを考慮して財務諸表を読むことは、分析する上では最低限の知識ではあるはずです。まったく関係ないですが、先日、初めてQUARTER POUNDERを食べました。確かに、ちょっとずっしりしていて(1/4ポンド?)、肉々しいなと思いましたが、味はやっぱマックでした。
今年も残すところあと少し。そして、今日は冬至です。早いもんだ。コラムです。なんとなく2日連続の更新。さて、相も変わらず、新しい基準は日々公表されています。ここ1か月分くらいをおさらいしてみたいと思います。まずは、11月28日に公表された、企業会計基準第20号「賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準」。名前の通り、賃貸している不動産、あと投資目的で所有している不動産を時価開示しようという基準です。これまで、取得原価で開示されていたので、実態の開示が進むと思われます。適用は、2010年3月期末からです。そして、公表はまだですが、12月18日にM&Aに関する会計基準(「企業結合に関する会計基準(案)」、「連結財務諸表に関する会計基準(案)」、「『研究開発費等に係る会計基準』の一部改正(案)」、「事業分離等に関する会計基準(案)」、「持分法に関する会計基準(案)」)が議決されています。この決定で、正式に持分プーリング法の廃止が確定し、負ののれんに関しては、20年以内の定額法償却から、買収した期の特別利益に一括計上することが決まりました。これは、簿記検定にも影響がありますね。基準ではありませんが、最近ホットな話題は、12月5日に公表された、実務対応報告第26号「債券の保有目的区分の変更に関する当面の取扱い」でしょう。海外における時価会計の緩和を受けて、日本企業が会計数値上の不利益を受けないようにと議論されていた、いわゆる時価会計の緩和策です。会計処理が変わっても企業の実態は何も変わらないのに・・・ねぇ。中身は、タイトルの通り、時価評価が必要な「売買目的」「その他」に区分されている債権を時価評価を必要としない「満期保有目的」に変更できるとするものです。これによって、金融機関が保有する証券化商品や変動利付国債の損失を先送りできることになります。こんなことして一体どうなると言うんでしょう。世界中の投資家、基準設定機関が時価会計の緩和(凍結)に反対しているというのに、お上や企業は揃って、損失先送り(隠蔽)しろと言ってるわけで。時価会計の緩和ではなく、非常時に如何に合理的に基準を適用するか、追加指針の充実による基準の精密化で乗り切るべきという意見に一定の共感を持ちます。時価会計というものをどのように捉えるのか、取得原価主義(収益費用アプローチ)と時価主義(資産負債アプローチ)というトレードオフ関係にある両者をどのように融合させれば、会計において企業実態をうまく表現できるのか、悩ましい研究課題が盛りだくさんです。